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暇だと食べる人間の本質っぽい体のしくみ

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暇で手持無沙汰なので、そんなときに浮かぶ食欲について、もっともらしい理由を考えたので、語っていきます。

キーワードは消化器官人間の本質潜在意識

 

暇だと食べてしまう、消化器官の仕組み

「暇だ~」パク
「お腹空いてないけど、食べた~い」パクパク

こんな風に、休みの日はTVを見ながら、お菓子をついつい食べ過ぎます。忙しく働いている平日は1日1食だって平気なのに、休みの日は2食~3食。あと、沢山間食をしたりしませんか? 私だけ?

 

消化吸収に必要な膨大なエネルギー

人の人体は消化吸収に膨大なエネルギーを使います。そのため、食べ物を食べる時は、他の器官にエネルギーを送る必要のない、暇な時が望ましいと体は考えているかもしれません。

人体の消化機能を再現しようとするとちょっとやそっとの設備では足りません。東京ドームが入るような広大な規模の工場設備が必要と言われるほど、食物の消化吸収には膨大なエネルギーが使われています。

まず、唾液で糖を分解し、胃液で糖や脂肪を分解し、腸で胃で消化しきれなかったものを分解し、腸に住む細菌が人が分解できなかったものを消費し、その老廃物を吸収したりして、人は体を動かすエネルギーの燃料となる、栄養素を作ります。

また、取り込んだ食物の栄養素はすぐに使われるというよりは、取り出しやすいように形を変えて、体に備蓄されものがほとんどです。脂肪だったり、グルコースだったりするわけですが、備蓄用の各器官に倉庫のように収納され、必要な時に必要な分だけ取り出され、体を動かすエネルギーの燃料となります。

仕事で脳を働かせているとき、運動で体を動かしているとき、人の体は体に備蓄していた栄養素を取り出して使います。なので、よっぽどの栄養不足でない限り、「食事をして、体力をつけなければ!」というのは逆効果。消化吸収にエネルギーを割いてしまうため、むしろフルパワーで働きたいときにはお腹が減っても食べないほうが元気に働けます。

 

人体が優先する消化器官

飽食の時代に生まれ、食に困ることが少なくなった日本人にとって、消化吸収にエネルギーを使うよりも、やる気、集中力、脳の回転、運動器官にエネルギーを優先的に振り分けてほしいと思うのですが、人体は消化吸収を何よりも優先します。

というのも、人は狩猟民族の期間が長く、農耕民族になったのは近年。さらに、この飽食の時代の100年は長い人類の歴史を1年にたとえたらたったの1日もない。12月31日の大晦日の除夜の鐘が鳴るか鳴らないかと待ち望んでいる僅かな時間でしかありません。

そのため、人の体は栄養素を得ることを何よりも優先し、他のすべてを後回しにしてでも、人が望んでもいない脂肪をせっせと蓄えます。なぜなら脂肪は貴重なエネルギーの元だからです。

これから、飽食の時代が続けば、新人類として、消化吸収を後回しにする人間が現れるかもしれませんが、現段階では人の遺伝子はそのようなハイブリッドには出来ていません。

 

暇なときにしか食べられない

逆を言えば、人の体は暇なときにしか食事をできません。

人の体は通常ストレスを感じるとストレスを発散させるために食欲が増えますが、さらに多くのストレスを感じると食欲が減退します。

肉食獣に狙われているとき、大事な栄養の元となる獲物を取るとき、お腹が減ったと気を取られては命にかかわります。何かを食べて、消化機能にエネルギーを取られている場合ではありません。同じように大事なプレゼン時などで、過度な緊張、暴力や精神的苦痛により、過度なストレスがかかると、体の防衛本能は食欲を減退させます。

大袈裟に言いましたが、仕事に集中しているとき、何かに夢中になっているとき、食事をしたいと思うことが少ないのは、体がパフォーマンスを上げるために無意識に食欲を抑え込んでいるためと考えられます。手持無沙汰にならなければ、早々空腹を訴えません。

お腹が減ってもいないのに、食べたいなぁ、と思うのは大抵が暇なときで、「暇なら、エネルギーを備蓄しようぜ」と人の本能がいざという時に備えようとしているのであれば、多少の食欲は仕方がないとあきらめがつきます。

 

暇だと食べてしまう、人間の本質は食欲を求める。

動物には本来したいことが出来ないと、別の行動をしてその衝動を誤魔化すという習性がある個体があります。人間に当てはまるかはどうなのか、わからないのですが、個人的には当てはまると思っています。

 

行動の前に食べて、やる気をなくす

なにかを「よし、やろう」と決めたとき、「でも、先にごはんを食べよう」と食べて、食べた後はやる気を喪失した、という経験はありませんか? 私はよくあります。

これは人のやる気を出すということは、=食料を取りに行くことに直結していたからという説があります。もちろん、ステキな女性をゲットするため、とかやる気が必要な場面は多々あったと思いますが、人間の歴史の大部分を占める狩猟民族時代の人間にとって、直近の課題はいつだって食料を得ることでした。昔は、いつでもどこでもなコンビニはありませんし、特定の相手が必要ない乱交だったと言います。争いが生まれるのは富という概念が生まれた農耕民族になってからと言われますから、今のようにやる気を出さなければいけない場面は少なくて、とってもシンプルな生活スタイルだったと考えられます。

お金という概念はなく、部落もまだない時代。顕示欲はそれほど必要ない。権力もないので、権力欲求も必要ない。お金もない。

そんな時代の名残で、「やる気」=「食事を得る」という本能が刻み込まれているのだとしたら、行動の前に、何かを食べたくなる。食べたら、必要なものが手に入ったので、行動する必要がなくなる。という理不尽な行動原理に説明がつきます。

暇なとき、お腹いっぱいなのに沸き起こってくる食欲に耐えていると、最初はものすごいストレスを感じます。退屈退屈退屈退屈退屈、と頭が暇を訴えてきますが、これに屈せず、頑張って耐えていると、不思議とやる気がムクムクと形になりだして、TVを見てダラダラ一日を終えるという機会が減ります。

どうして、掃除とか勉強とか生産性のあるものって、始めるのがあんなに難しいんでしょう。続けるのもはじめるのも難しい分野ですが、空腹時と満腹時であれば、空腹時の方がすんなりはじめられて、脳内言い訳が少ない。飽きずに長時間続けられるのも空腹時の方が圧倒的に多いです。

 

暇だと食べてしまう、潜在意識が食欲に走らせる

最後は「暇=食事」が習慣になってしまっている可能性の話です。

暇だから、パクリ、と食物を食べることを繰り返してきた人は、潜在意識にその行動が深くに刻まれてしまっています。

歯磨きをしないと、なんとなく居心地が悪くなるように、決まった時間に起きたり、寝たりしないとおさまりが悪くなるように、人は普段と別の行動をすることをあまり好みません。

「暇=食事」が癖になってしまっているので、食べないとおさまりが悪い。なんとなく不愉快、不安に襲われて、食べるまではこの状態が続きます。この行為を繰り返しているうちは習慣の上書きが続き、上書きの度に強固な習慣になっていくので、変えていくのはかなり難しいです。

「暇=食事」を「暇=○○」に変えることが出来れば、暇だからと食べることが減るので、暇だなぁ、お腹空いたな、と思ったら、なにか決まったことを繰り返し行うと、その習慣に切り替わっていきます。

しかし、習慣になってしまったことを変えようとすると、1週間~3ヶ月かかるとされ、精神的な考え方では6ヶ月かかると言われています。結構な、根性が試されるかもしれません。